突然だが、皆さんは東京ゲームショウ(以下、TGS)が初めて開催されたのが何年前かご存知だろうか。
答えは1996年。キャッチフレーズは「ゲームショウでゲームしよう」。迫真のダジャレからスタートしたTGSは、今年で27回目の開催となる。出典した団体は実に609グループで、来場者は25万人を超えた。まさにゲーマーの祭典である。一年で最もゲーム業界が盛り上がる時期に相応しいお祭りだ。
E3・Gamescomとあわせて世界三大ゲームショウと呼ばれているTGSだが、実は現段階で既に開催が危ぶまれている年がある。それは2020年。皆さんご存知、東京オリンピック・パラリンピックの開催される年だ。東京ビッグサイトと幕張メッセはオリンピック・パラリンピックの会場になるのだ。
第3回以降、一貫してTGSの会場となっている幕張メッセ・国際展示場は、テコンドーやフェンシングなどの会場になるという。使用期間は現在のところ2020年の4月から9月末までの予定らしい。「東京ゲームショウ2020は絶対に開催できない」と断言出来るほど長くはないが、多分開催できるだろうと楽観するにはあまりに微妙な期間だ。
最初に断っておくが、私はオリンピック・パラリンピックの開催について政治的な議論するつもりはない。ただ、日本最大のゲームのお祭りが開催できない可能性に改めて思いを巡らせた時、そもそもなぜ展示会が必要なのかという根本的な部分への理解すら足りていないことに気づいた。今回は俗に言う「東京オリンピック・パラリンピック会場問題」に1人のゲーマーなりの考えを述べたいと思う。
そもそも東京ゲームショウとは?
まずは東京ゲームショウの概要から始めよう。1年に1回開かれるゲーマーのお祭りの規模は大きい。全容を把握している人は意外と少ないだろう。
冒頭に述べた通り、東京ゲームショウは27年の歴史を持つイベントだ。NINTENDO64と同い年で、ドリームキャストよりは先輩といったベテランぶりを誇る。日本でゲームの展示会といったらまずTGSを思い浮かべる人が多いだろう。
E3の参加者は7万人、Gamescomが30万人、TGSは25万人。それぞれ展示会としての性質が若干異なるため単純な比較はできないが、歴史から言っても参加者数から言っても「世界三大ゲームショウ」と呼ばれるに相応しいイベントである。
肝心の中身はどうなのか?ネットを眺めていてよく目に入るのは有名なソフトに関するニュースが多いが、ゲームに関するものはなんでも集まっている。スマホゲームやインディーゲーム、VRやAR、キャラクターグッズ、ゲーム関連機器、ビジネスソリューション。おおよそ存在していないものを探すほうが難しい。ごった煮のお祭り騒ぎである。
東京ゲームショウ2017 出展ブース概要&ブース内イベント一覧(出展社50音順)
東京ゲームショウ2017 出展予定タイトル一覧
日本だけでなく、海外からの参加者が多いことも興味深い。プレスリリースによると、出展した609の団体のうち、317は海外からの参戦だ。近くはアジアの韓国や台湾や中国から、遠くは欧州ノルウェー、スイスにフィンランド。アジア市場進出・拡大を考えている企業にとって、TGSは重要な自社製品のアピールの場であることがうかがえる。
eスポーツにも注力
また、最近はeスポーツという新たな要素が大いにゲーム業界を盛り上げている。TGS2017ではこれからのeスポーツを語る「日本におけるeスポーツの可能性」と題した基調講演が実施されており、以下の記事にまとめられている(日本におけるe-Sportsの可能性はいかほど? 世界の有識者が日本市場を斬る!【TGS2017】 [ファミ通App])。
世界市場と比べるとまだまだ発展途上である日本のeスポーツ事業だが、これから成長していくに連れて、TGSが果たす役割も更に大きなってくるだろう。
総括すると、TGSは「ゲームに関連するあらゆるモノや情報が全世界から集うイベント」である。素人目にはゲームに関連していなさそうなものまで出展しているため、総合展示会というのが一番適切かもしれない。懐の広さでは他の追随を許さないお祭りである。
機会損失に怯える企業
正直なところ、このご時世に新しいゲームの情報を手に入れるためわざわざ展示会に行く必要はない。ホームページをチェックして公式ツイッターアカウントをフォローしておけば十分だ。スマホを眺めていれば情報は手に入る。それは企業側にとっても同じで、新しい情報を公開するためだけにお金と時間を費やして展示会に参加する必要はないはずだ。
展示会というシステムは一言でいうと古臭い。大きなハコを用意する企業とそこに出展する企業。わざわざ現地に足を伸ばすユーザー。その気になればいつでも情報をやり取りできる情報化社会において、何十年の昔に作られたシステムがそのまま残っている。もちろん、展示の内容や手法自体は比べようもないくらい高度に発達しているが、それでも根っこは昔のままだ。
なぜ、企業は未だにコストを支払ってまで展示会に参加するのだろうか。思うに展示会の役割の一つは、ユーザーに注目してもらうために情報の核を作り出すことなのだろう。こればかりはネットに情報を流しておけばいいというものでもない。
情報の流れる循環を作り上げる展示会
情報とは水のようなもので、放って置いてもその場に留まるだけだ。誰かが溝を掘るなりして望む方向に水を流さなければならない。ホームページやSNSにおける情報の公開は最初のひと掘りに等しい。
しかし、それだけでは不十分だ。熱烈なファンならば情報をフォローしてくれるだろうが、そうでない潜在的なユーザーは公式が出す情報など見てくれない。そもそも存在すら知らない可能性だってある。決まった経路を流れているだけの水路では永遠に需要を拡大することは出来ない。
そこで必要になるのが、情報を集めてよそのコミュニティに拡散するための核だ。水蒸気が空気中のチリを凝結核にして雲を形成するのに似ている。雲はやがて雨を降らせるが、情報の流れもこれと同じだ。
ある情報を発信したユーザーのフォロワーがそのゲームの存在を知る。興味を持つか持たないかはわからないが、もしピンとくるものがあれば色々と調べるだろう。もしかしたら更なる凝結核としてゲームの情報を他のユーザーに知らせてくれるかもしれない。
昨今のゲーム関係の展示会に様々な動画投稿者が呼ばれているのも同じ理由だろう。ときに公式より多くのフォロワーを持つ彼らは、ゲームチェンジャーの名に相応しい宣伝力を発揮する。1000の言葉より100秒の映像の方が時に広い影響を及ぼすのはいかにも情報化社会らしい。
この例えでいくと、展示会は核を作る作業であり、同時に水路を拡張する作業でもある。TGSという核となるイベントに来た・見たユーザーに興味を持ってもらう。情報を拡散してくれたユーザーにより新たなユーザーを獲得する。TGSというくくりで情報をフォローしてくれるユーザーにさらに興味をもってもらう。一つの展示会で二重三重の効果を期待しているのだろう。
不確定な投資
だが、一方でこれはとても気の長い作業でもある。そもそもユーザーが興味を持ってくれるかどうか、拡散した情報は新たなユーザーを獲得できるのか。全てはひとりひとりの趣味や好みにかかっている。要するに、実際にどの程度効果があるのか、正確なところは全くわからないのだ。同じ商品を同じシチュエーションで発売することはないため、完璧な比較検討もできない。
そもそも、ゲーマーが一つの情報だけで新たなゲームを始めるとは限らない。雑誌やトレーラー映像、公式PRやプレイ動画など、色々な情報に触れた結果「なんとなく購入に至った」ケースは少なくないだろう。
ゲームは目眩がするほどにジャンルが細かく分かれていて、次々に新作が公開されるサイクルの早い娯楽だ。値段も覚悟しなければならないほどには高くないため、ユーザーのフットワークも軽い。誰が何を次に購入するか、データから完全に分析できる時代はおそらく来ないだろう。
結局、「どれだけの機会損失がでるのか、結果・数字が出るまでわからない。」というのが、2020年会場問題の一番怖いことなのだと思う。いや、場合によっては結果がどう出たかすらわからないこともあるだろう。
将来への投資こそが展示会の本質で、その効果は限りなく目に見えづらい。目に見えづらいせいで、宣伝を怠ったときのダメージも想像できない。すべての企業はこの「見えない損害」による潜在的な恐怖に怯えているからこそ、様々な展示会を開催しているのだろう。
ゲーム業界なりの新たな展示会
ただ単に新しい情報が発表されるだけに留まらず、そこに集まるあらゆる人々が情報の核となるための展示会。ゲーム業界では特にその傾向が強い。見て、触れて、刺激を受けてもらって、情報を発信してもらう。企業同士の情報交換や商談成立の場であるのと同時に、企業とユーザーが触れ合う機会としての展示会だ。
そんな数ある展示会の中でもトップクラスに大きい東京ゲームショウ2020はどうなるのだろう。開催時期をずらすというのが最も現実的だろう。あるいは、代わりの展示場を探すというのもありそうだが、TGSほどの規模になればそれも簡単ではない。他にも展示会の会場を必要としている企業・業界は山ほどある。
今更言うことでもないが、東京オリンピック・パラリンピックの開催は国策としてやっぱりもう決まってしまったことで、質量のある物体ほど慣性の力は強い。率直に言って、行政側から完璧な対策が打ち出されることはあまり期待できない。展示会を開く側がどうにかしていかなければならない課題になるだろう。
チャイナジョイ
会場の問題を抜きにしても、TGSの現在の立ち位置は絶対のものとはいえない。TGSを凌駕する規模のイベント「China Joy(チャイナジョイ)」がお隣の中国で開催されているのも立場を脅かされうる一因だ。
チャイナジョイは2003年から上海で開催されている新興イベントで、ゲームに留まらずアニメや漫画まで手広く扱う総合娯楽展示会だ。今年の来場者数は32万人を超えたという。数だけで言うならTGSはとっくに抜かされている。
もちろん、既に述べたように来場者数がイベントの成否を決定するわけではないが、これは興味深い数値だ。なお、何かとカオスだった2017年のチャイナジョイの総括が知りたい方は以下のサイトをみてもらうと良いだろう([CJ2017]結局,中国ゲーム市場はどうなのか? ChinaJoy 2017総括 - GamesIndustry.biz Japan Edition)。
)。
2022年のアジア競技大会でeスポーツが正式に競技として採用されたことが象徴するように、中国のeスポーツへの力の入れ方はかなりのものだ。以降、eスポーツを軸に中国がアジアのゲーム業界を引っ張っていく可能性は大いにある。13億のマンパワーは計り知れない。
問われる展示会の存在意義
さらに、展示会自体の存在意義が問われているという側面もある。出展するだけでかなりのコストを覚悟しなければならない上に、その効果は今ひとつ目に見えづらい。大きなブースになれば数十人単位で人手を必要とするし、コストもかかる。
これは明確なソースがある話ではないが、大手のブースにかかる費用は1000万を軽く超えるらしい(噂)。出典に必要な手数料だけではなく、ブース設置・維持にかかる諸々の費用を合わせればそのくらいかかってしまってもおかしくはない。
それならば、ということで参加を見送って独自のイベントを開催したり、配信で済ませたりしている企業もある。世界最大のゲームパブリッシャーElectronic Arts(エレクトロニック・アーツ)が独自イベント「EA PLAY」を始めたことも記憶に新しい。もちろん現場の臨場感は損なわれてしまうが、ストリームならごった返した現場より自宅で見れば正確かつはっきりと情報が確認できるだろう。
要するに、TGSの今の隆盛ぶりは未来永劫安泰なものではない可能性がある。イベントの規模など含め「はい、来年から廃止」となることはないだろうが、何かの拍子に徐々にメインストリームから外れていき、通り一遍のどことなく寂しい展示会となってしまう可能性は常にあり続ける。
TGS以外の、E3やGames comといった他の国のゲームイベントが盛り上がることはもちろん大歓迎だ。どこの国で開催されようがインターネットを通じて情報が入る以上、あまり関係ないと考える向きも多いだろう。大手企業はその体力を活かして参加し続けるだろうし、案外全体から見れば影響は少ないのかもしれない。
しかし、インディーゲームにとって地理的条件は大きいだろうし、何より日本国内でのお祭りが廃れてしまうのは寂しい。また、実際に触ってみなければわからないハードウェアの展示会という側面も無視できないだろう。ゲーミングチェアやVR機器、そしてまだ存在してない未来の機器など、映像だけでは理解することが難しく、体感してこそわかる分野も多い。
新たなステージへ進む展示会
いずれにせよ、2020年問題をきっかけにして、あらゆる業界の展示会が新たな形を模索していかなければならないだろう。小さなところでは開催場所を変更するだろうし、大きなところでは開催を中止するかもしれない。ゲーム業界もまた、TGSの開催が危ぶまれているという現状に対処するため、多かれ少なかれその形を変えていくはずだ。
ゲーム業界なりの展示会ということであれば、個人的に少しだけ期待しているのがVR技術を使ったバーチャル展示会だ。家で横になりながら最新のゲーム情報に触れることが出来る世界はこの上なく魅力的だ。2017年の1月から3月までに、実に270万台のAR/VR機器が売れているというから、全くありえない話というわけでもないだろう。仮想空間に集ったファンが発表に一喜一憂するお祭り騒ぎは案外早く実現するかもしれない。
とはいえ現実に会場の雰囲気に触れて、現実にひとに会ってする体験にはまだまだ遠く及ばないだろう。願わくば中止にしたり規模を縮小したりすることなく、ゲーム業界なりの新しい展示会を模索していって欲しい。
Source: 東京ゲームショウ2017,VRinside
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